走馬灯予行演習

誰にも言えない君のそんなところが好きだったよ

ミックスジュース

 

10月10日、目の日。横に倒したら目と眉の方に見えるからそう呼ばれるそんな日に私の恋もぶっ倒れた。鳥貴族の年確は余裕でクリアしたしお酒だってすぐに運ばれてきた。キャッチに声だってかけられたしお会計に3000円払うことを躊躇わなくなった。1時間のくせに2人で1500円もしたカラオケのお金だってすっと出せた。帰りに好きだって言えた。全部大人になりたかった私のわがままにもう大人になっている彼を付き合わせてしまった。

 


初めて飲んだお酒はまずくはないけど最初から氷で薄まったジュースのようで、ゆずの味もはちみつの味もよくわからないちょっと甘い微炭酸だった。3分の1も飲めずに顔を真っ赤にしてべろべろに酔っ払ってしまって、残りは見かねた彼に取り上げられた。もうやめなさいと笑ってノンアルのレモネードを頼んでくれた彼の顔は私と違って大人だった。結局4杯も飲んだ彼はようやく顔を赤くして、それから2人でお冷やを飲んだ。「もうこれからオレンジジュースしか飲んだらダメです」と茶化して笑う彼の顔は大人だった。ご飯をいっぱい食べて、お酒をたくさん飲んで、そういうところが好きなんだよなあって正面から見てた。7000円近い会計にレジで驚きながら3000円でいいよ、って彼に言われたとき、素直に「ありがとう〜!ゴチになります!」って言えたときちょっとだけ私も大人になれたなと思った。

 


行きたいなと言われたからついて行ったジャンカラの211号室は狭くてうまく彼を見れなかった。声量だけでゴリ押しする彼の歌はあまり上手くなかったけど、低すぎる声も裏返りすぎた裏声もよく耳に残っている。WANIMAもcreepy nutsもワンオクも私は好きじゃなかったけど全部もっと聴かせて欲しかった。1時間で足りるわけがなかった。『サウダージ』と『猫』は数時間後の私とあの女の顔が同時によぎって嫌になった。私の十八番の『IDOL SONG』の合いの手をあんなに元気に1人でやってくれたのは彼が初めてだったし、『シャボン玉』のセリフに大ウケだったからやっぱり彼は私の恥に1番よく反応してくれる人だなと思った。あなたの欲しがる光はきっと私の恥だから。椎名林檎を「個性的だよね」というその遠慮がちな言葉のチョイスと気の遣い方がどうしようもなく彼らしくて、どうせなら目を逸らして歌う『ここでキスして』じゃなくてもっと『歌舞伎町の女王』とかにしてやればよかった。個性的という言葉はあまり褒めていないということを、私はもう大人だから知っている。

 


夜はフリータイムの方が安上がりなことをすっかり忘れていて、割高な料金に怯みつつ大声でサビしか知らない瑛人の『香水』を一緒に歌いながら外に出た。フリータイムの方が安くもっともっと一緒にいられたのに。全然違う私たちの声が夜風に溶けて心地良くて、覚めかけの酔いと合わさって1番気持ちよくて幸せで、走馬灯に出したい場面がまた一つ増えた。

 


駅に着く。ご丁寧に改札まで送ってくれて、エスカレーターで近づけてくる顔をまた好きになる。そんな風に一つ一つずっと好きを増やし続けて、そうやってかき集めた好きで2年半の記憶は埋め尽くされている。ICOCAを忘れた私の不手際に一緒に切符を買ってくれて、そこもまた好きになった。もう今しかないと思い改札をくぐる前に彼の方に向かい合った。2年半の最後数秒、彼の名前を呼んでからの2秒半に走馬灯のように2年半が駆け抜ける。

「あのね、私、言おうか迷ってたんやけど、私、あなたに付き合ってほしいって思ってる」「好き。好き、です。私と付き合ってもらえませんか」

漫画みたいにわかりやすく片手で眉間のあたりを押さえている君にどんどん小さくなっていった私の声は最後まで聞こえていたかどうかわからない。彼はいつだってわかりやすくて、時々それが仇になったりもしたけど、そこもまた大好きで、最後はそんなわかりやすさに勝手にもうダメだなと悟った。どうせ今がラスト数秒なら見逃したくなくてじっと見つめていた。

「いや、俺そういう風に見たことなくて、友達って思ってて」「だから、ごめん」

そして最後に思い出したかのように付け加えられた「でもありがとう」を聞きながら、この人は絶対に第一声が「ありがとう」だと思ったんだけどなあ、と彼氏になってくれなかったその人をぼんやりと見つめていた。

 


私が何を言ったかは正直あまり覚えていないけど、ちゃんと笑って明るく話せたと思う。

「っていうか普通さ!告白する前にアイドルソング椎名林檎歌わへんよね!」

と笑いながら、椎名林檎大森靖子も私の普通だし至って真剣に歌っていたのになあと思っていた。頭は働いて口は饒舌でも間だけはぎこちなくって、微妙な空白のあとに「じゃあね」って言って、彼がいつも何度もそうしてくれたように片手を顔のあたりまで上げてさよならして改札をくぐった。私は出てきた切符を握りしめて振り返ってみたけど、頭をかきながら階段を降りていく彼がこっちを振り返ることは一度もなくて、そういうことなんだなと思った。1人になったらいよいよ頭も舌もぎこちなくなって、用意しておいた失恋ソングのプレイリストも聴く気になれなくて、急いで友達に電話をかける。2番ホームで務めて明るく「フラれましたー!」とフラフラした足取りで報告した。「大丈夫大丈夫!」と言いながら黄色い線の内側で、ずっと線路の砂利を見つめていた。ほんの少しだけ残った薄い薄いゆずはちみつの味を舐めるようとしては、さっきカラオケで注いだのに「ちょっとちょうだい」と彼がかなり飲み干してしまった味の濃いウーロン茶が邪魔で、そんなことを考えながらぼーっと電話口の声を聞いていた。この街に来るとき以外ほとんど乗ったことのない南海電車の中で、ガラスに写っためかしこんだ自分をずっと眺めていた。気合を入れた美容院で短くされすぎたぱっつん前髪の私はお姫様を夢見る子どもだった。

 


大阪の電車はうるさくて、静まりかえった脳裏にちょうどよく響く。静かな京阪に乗り込んで、終点に私の帰るべき駅が表示されたときにやっと悲しくなった。急いでイヤホンを耳につけて再生したのは用意していた失恋ソングではなく、さっき彼がカラオケで歌っていた曲で、たった24分、6曲のプレイリストを私はあれからずっと聴いている。いろんな人に報告を送っては明るく愉快な文章を書いて載せてと指と頭とiPhoneに忙しく意識を研ぎ澄ましていたら途中で彼からLINEが送られてきて集中は呆気なく途切れた。最後の「もしそっちさえ良ければ、また友達として遊んでね」の1文に無性に腹を立てていたら終点だった。本心かはたまた社交辞令か判断しかねて困っていたけど、最後まで名字すら書かない他人行儀さから察するにこれは社交辞令だと思うことにした。イヤホンからはもうきっと2人で歌うことはないだろう4度目の『猫』が流れていた。

 


なんだってできる。私は大人だからなんだってできるのだと意地になって駅前のファミマでもも味のほろよいを買った。レジでタッチパネルを押すだけであっけなく買えてしまった。勝手に定義された大人の曖昧さに拍子抜けしながら家路に着く。鳥貴族のチューハイが何%か知らないけど、3%のほろよいはジュースみたいで、ごくごくと半分ほど飲み干して残りをちみちみ飲みつつさっきの彼のLINEに返事をしていたら急に酔いが回ってきた。上機嫌で2年半散々聴いていたのに突然宛先を失ってしまったラブソングを歌った。「もう二度とあなたを失くせないから言葉を捨てる 少しずつ諦める あまりに脆い今日を抱きしめて手放す」と歌った瞬間、突然全てが悲しくなって、驚くほど大きい声で泣いた。涙より声の方が大きかった。「もうオレンジジュースしか飲んだらダメ」と諭すような声と顔を思い出した頃には顔も体も真っ赤で、350mlのチューハイは空っぽになっていた。私の体には何%くらい君が残っていたのだろう。

 


私がどれだけ可愛かろうが、どれだけ性格がよかろうが、この人とは付き合えなかったんだろうなと今になっては思う。それはもうもっと、出会いとかからやり直さないといけない系のやつで、だから私が姫だろうが魔法使いだろうがそんなことは関係ないのだ。ただ一つ、私は好きな人と大切な男友達を一瞬にして全て再起不能にしてしまったわけで、それはとても寂しい。

 


もし、あの帰り道のLINEが社交辞令ではなく本心からのもので、また友達には戻れたとしたら。また一緒にユニバに行って、映画を見て、タピオカを飲んで、鳥貴族に行って、BBQをして、今度は私はオレンジジュースを飲んで、またカラオケで『猫』を歌う君を見れたなら、私たちはずっと友達で、大人になっても友達で、そんな子どもみたいなことを言いながら、いつかどちらが先かわからないけど結婚して、私も結婚式に招かれたりしちゃって、そして私はその帰り道に引き出物を片手にこの日のことを思い出してまたお姫様みたいな格好で泣いているのだろうなと思った。

 

 

 

 


テクマクマヤコン テクマクマヤコン

かわいくなあれ

テクマクマヤコン テクマクマヤコン

大人になあれ

テクマクマヤコン テクマクマヤコン

幸せになってね