走馬灯予行演習

誰にも言えない君のそんなところが好きだったよ

傷口

 

彼の人生に爪痕を残したい。子孫は残せなくてもいいから少しでも爪痕を残したい。

 

例えば彼がタピオカを私の知らない女と飲んだとき、「タピオカ飲んだことある?」と聞かれて「あるよ」って答えるまでの間に高2の秋に私と映画に行った日の抹茶黒糖タピオカを思い出してくれたら私の勝ちだ。彼が何かを見るたびに私を思い出す“何か”を増やすためにもっと一緒にいたい。

 

なんのためにうまれてなんのためにいきるのか

の答えはここにあると思う。人は所詮記憶の中でしか生きていけないのなら、少しでも誰かの記憶に私を留めることがわたしの生きる理由だ。彼のことだけでなくあなたにも私を留めていてほしい。私が今死んだらさすがに覚えててくれる気がするけど、私ともし一生連絡が取れなくなっても忘れないでほしい。

 

留めていてほしいが故にインパクトを重視しすぎてしまう。それが滑稽でも惨めでもなんでも良いとすら思っていた。だから人と違うことがしたかった。目立ちたくて目立ちたくて仕方なかった。誰かの目に止まらないと記憶に留めてもらえない。人生を売り飛ばす気持ちでわざと怒られたりわざと失敗したこともある。みんな人の失敗は大好物なようで喜んで話を聞いてくれた。プライドも悲しみも悔しみもないわけではなかったけど目の前のあの子が還暦を迎えたとき、何かの拍子に「そういえばあんなやつもいたなあ」と思い出してくれるならそれで帳消しにできた。先生に怒られることよりも私の葬式が静かなことの方が怖かった。

 

最近、60歳になったときには彼は私のことを覚えていないだろうなと思った。この恋の傷は浅すぎる。これでは60どころか25でも怪しいだろう。どうにかしなければと焦っても、彼に可愛いと思ってほしくて短く切りそろえたガラでもない薄ピンクを纏った爪では彼の背中に爪を立てることもできそうにない。早く彼を血塗れにはせずに、少しだけ皮膚と気持ちを削りとれそうな距離で傷付けなければいけないと焦る気持ちと裏腹に今日もLINEはできなかった。寂しいなんて思っても仕方がないので明日塗る色を考えよう。私は今日もあの日結局褒めるどころか見向きもしなかった爪で彼のいない夜を引っ掻いて眠りにつく。殺してしまいそうになりながら手探りで自分の背中に爪を立てた。