走馬灯予行演習

誰にも言えない君のそんなところが好きだったよ

恋の威を借る

 

何がダメだったのか、未だにちゃんとわかっていない。だから私はまだこんなことを考えて文章を書くのだろう。正月早々ZOZOTOWNのセールを隈なくチェックし、服と鞄に5万円使ってしまった。あと次のクーポンであと1万円分くらい買おうとして、今日買った服の中で次に彼に会う時に着たいものが一枚もないことに気づいてアプリを閉じた。たぶんこの服を着てこれから会うであろうくだらない男からのくだらない可愛いねにすでに勝手に虚しくなって、代わりに君のフォロー欄を漁っている。節約情報主婦アカウントなんか君に似合わないよ。

 


クリスマスの夜、彼のストーリーを見て息が止まるかと思った。心臓が跳ね上がる。あと1回で単位を落とすギリギリの課題を出し忘れていたことに気づいたような、そんな絶望的な気持ちが私の肩を押す。一緒にいた友達に悟られたくなくて、どうでもいい話をし続けた。ちょうど1ヶ月前、ちょうどその時一緒にいた友達と訪れたできたばかりの水族館の目玉の水槽の前に立つ女の姿は、私が世界一羨んで世界一なりたくなかった女によく似ている気がした。位置情報以外何もない簡素で質素な投稿が大嫌いな「賢者の贈り物」の夫婦を連想させて私の心を粗くする。あの女とはおおよそ真逆で、今夜はホテルまで借りてこの日のために買ってきたすぐに汚くなりそうな真新しいパジャマに身を包む私は彼の目には愚かに写っていたのだろうか。

 


私が彼をいつまでも求めるように、彼もまた私じゃない誰かのことをいつまでも求め続けていたのだろうか。足の遅い私が彼の前を走れることなんて一生なかったのだろうか。推測ばかりで悔しくなる。私はこの1年の彼のことを何も知らない。SNSもろくに更新しないから会いに行かないと彼の近況を知る術もないし、そして私が今更会いに行く理由もない。だから、そんな彼の久しぶりの投稿とその意味の重みは私1人を殺すには十分すぎた。

 


ねえなんで私と同じ場所で同じ構図であの子を撮ったの?確かにあれは水族館の目玉で、訪れた人はみんな撮るけど、どうしてクリスマスにあんな辺鄙なところに行ったのか教えてほしい。知ったところでどうしようもできないし、あの子が私になることはない。でも私はトドメの一言を心のどこかで待っている。「君のインスタ見て行こうかなと思った」って、もしもそう言われたら私はこの恋を終わらせることができると思う。

 

 

 

 


単刀直入に言うと、あの女とセックスしないでほしい。というか、あの女じゃなくてもしないでほしいしそれが無理ならやっぱりあの女とだけはしないでほしい。あの2人のセックスを想像する時、私は動く彼ではなく会話らしい会話もしたことがないあの女のことを想像している。恋というのは崇拝と嫉妬で、前者は彼に、後者は彼が好きになった私以外の女に向いているのだ。お願いだから私をこれ以上醜くさせないでほしい。君も私も綺麗なまま、過去だけを汚して前に進みたい。ただ、最後にわがままが叶うなら、私が他の男に抱かれる前に一度だけ私を抱いてほしい。最初も最後も貰えないから最初で最後にしておきたい。大丈夫、全部なかったフリして生きていけるから、私はそこまで愚かじゃないから、だからちょっとだけ私を覚えていてね。

不整脈

 

 

深夜4時、夜と朝の1番深いところにあるこの時間に湧き出る感情や楽しかった思い出や彼の顔は全部幻だから、私はこのままこの深くて暗いところにそういうものを全部全部置いて太陽と一緒に明るいところへ上がっていかないといけないのだろう。君を好きになってから、こういう文章を書く時にすぐに愛だの恋だのを引っ張り出してくるようになって心底つまらない。愛だの恋だのと同じくらい薄っぺらい文章を私はあと何編紡いだら忘れられるだろう。


振られて2ヶ月、冷静になって考えた結果手元に残っているのは手に入らなかったものへの狂いそうなほどの憧憬と自分宛の小っ恥ずかしい記憶ばかりで、前向きな気持ちなどほとほとない。ヒートテックじゃ誤魔化しが効かなくなった寒い夜はついあなたを思い出してはSNSでそれっぽい言葉を並べて顔しか知らない誰かにだけあなたのかっこよかったところをひとつひとつ教えている。丁寧に丁寧に言葉を選んで、君の輪郭をもう一度描き直すように「好き」の2文字を何百回も違う形に変換している。そうして勝手に優越感に浸っては、でもあの子は私の知らない彼のかっこいいところをいっぱい見せてもらえてたのかな、なんて思ってしまって覗き見るしかなかった自分を恥じながらスマホよりも先に瞳を閉じる。君もいなけりゃ星も見えないひとりぼっちの落ちぶれた都で、ずっと閉じたままのカーテンのお星様に気弱な呪いばかりをかけて夜をやり過ごすのはこれで何度目だろう。60日って意外とすぐに終わっちゃうんだね。


もっと可愛くなったら私のことを好きになって、いや、好きにならなくても付き合ってくれるだろうか。アクセサリーみたいな女でもいいから、よくつけてた細い1本のネックレスを外して私を隣に置いてほしかった。本当は放課後に君の手首を握った日から脈なんて見つけられなかった。騙し騙しここまで来たけど、私が綺麗になれば彼女になれるなんてことはもうないととっくにわかっていて、悔しくて馬鹿みたいに食べ物を口に詰め込んでは、我に返って脱毛のカウンセリングに行ったりする。でも君が選ぶ女の子は君のためのおしゃれをめんどくさがったりするんだろうな。でも君も1本のムダ毛も2ミリのアイラインもきっと見逃してしまうだろうから、ある意味お似合いなのかもしれない。


会いたいけど、たぶんもうきっと会わない。会えるかも、と淡い期待を捨てきれずにたまにこうして文章を書いたりしながら生きていくくらいがちょうどいい。私が何かを成し遂げたら会いたいなと思う。可愛くなるとか、TOEICで700点越えるとか、彼氏ができるとか、君を忘れるとか。うまく愛することができなかった私の、不器用という言葉で終わらせるにはあまりにも汚い恋はずるずると引きずられ、ゴミ袋から染み出した汁を綺麗に拭き取るまで続くでしょう。早く君がとびきり素敵な新しい女を選んで私の前に突き出してくれればいいのに。


どうしようもない沈黙になんとか耐えようと提案するしりとりみたいに、恋も無理して続けたかった。愛だの恋だのそんな言葉しかもう残っていない私は、好きを二度言って負けたい。

 

 

 

 

めす

 

 

いっそ泣いてしまえたらどれだけ楽なんだろう。何の言葉も出ないということがこんなに苦しいとは思わなかった。苦しいから出なくなるのか、出ないから苦しいのか、もうそんなことはどうだっていい。ただそこに横たわるざらつく生活だけが私のすべきことなのだ。

 


元々私の生活に彼はそんなにいなかった。よく考えたらクラスだって一緒になったことないし、毎日のように放課後会っていたのだって思えばほんの一瞬だった気がするし、2年半のうちで顔も見ていない日の方が多かった。それでも、彼にフラれてからの日々はずっと空っぽだ。ずっと一緒にいた人が突然死んでしまったかのような毎日は私を置いてきぼりにしてものすごい速さで通り過ぎていく。

 


彼との最後に鳥貴族とジャンカラを選んでしまったことを後悔している。もっと大事な記念日にしか行けないような高級フレンチとか行けばよかった。あのときのキャッチにぼったくられて全然知らないカラオケに行けばよかった。鳥貴族のご飯はしょうもないけど確かに美味しくて、最近は彼の穴を埋めるように馬鹿みたいに砂肝を食べ続けている。私が砂肝を買いまくるせいで最近近所のスーパーが大量に砂肝を置くようになった。こんな薄い君の影もふんわりと、でも確かに、ひとりぼっちのはずのこの街までいくつも影を落としている。ジャンカラには忙しくて行けていないけどあの日の歌をずっと聴いている。歌えばいいのに、ときみが勧めてきたYOASOBIの『夜に駆ける』は練習してみたけど難しいし、歌詞みたいにありきたりな喜びを見つけるどころか君は私が繋ごうとした手を離したくせになんて聴くたびに思う。でもようやく少し形になったよ、君の前で披露する日はたぶん来ないと思うけど。

 


フラれたらもっと悲しくなれると思っていた。悲劇のヒロインにだってなれると思っていた。フラれるだろうなとはずっと思っていたからある程度心の準備もしていたし、なんならこれもちょっと美味しいなとさえ思っていた。でも実際そんなに面白くもなれればさほど悲しくもない。拍子抜けした。誰かに話そうとすると面白おかしくどころか何もかもうまく言葉にできなくて困ってしまう。君のことがどれだけ好きなのかという話なら誰にでもどれだけでも話せていたのに。でも、2人の思い出だからそれに価値があって、他人に披露した時点でネタにしかならないわけで。だから私はいつまでも彼のことを匿名希望のブログなんかに託して書いているのだと思う。

 

 

彼のことを好きになってから情景描写をすることがうんと増えた。メモ帳の文章もみるみる溜まっていった。それはつまり忘れたくない記憶が増えたということで、いつからか私は彼といるときにその瞬間をまるごと記憶するのに必死になっていた。喜びも悲しみも全部が全部楽しくて幸せで、そんな陳腐な言葉しか並べられなくても私の中にはたくさんの瞬間が新鮮に思い出せる。天気も、気温も、街並みも、帰り道に聴いた曲も、彼の顔も、頭の中で暴れている。もしかしたら19年かけてかき集めた語彙もハリボテのような文才もそうやって幸せな記憶を留めておくためにあったのだろうか。だとしたら頑張ってきてよかった。おわりが忍び寄る感覚は悲しいばかりではなかったしむしろ気持ちがよかった。末期癌の患者が抗がん剤をやめてモルヒネの効果で1日中眠っているような、そういうのと似てるのかもしれない。恋の終わりはいつだってイタいけどひたすら綴り続けた自家製のモルヒネはよく効いた。

 

 

 

最後に私の記憶に焼き付けられた生身の君は、頭をかきながらあの長い階段を降りていく後ろ姿になってしまった。これ以上修飾語の付けようがないような呆気ない最後の一文をどうするのか私はまだ決めかねている。もし私があの夜思いなんか告げなければ最後の一文はもっと素敵になったのだろうか。あの夜私がぶん投げた賽が跳ね返って眉間に当たる。思わず手をやる私の姿が最後から2番目に綴った彼の姿と重なった。

 

 

ミックスジュース

 

10月10日、目の日。横に倒したら目と眉の方に見えるからそう呼ばれるそんな日に私の恋もぶっ倒れた。鳥貴族の年確は余裕でクリアしたしお酒だってすぐに運ばれてきた。キャッチに声だってかけられたしお会計に3000円払うことを躊躇わなくなった。1時間のくせに2人で1500円もしたカラオケのお金だってすっと出せた。帰りに好きだって言えた。全部大人になりたかった私のわがままにもう大人になっている彼を付き合わせてしまった。

 


初めて飲んだお酒はまずくはないけど最初から氷で薄まったジュースのようで、ゆずの味もはちみつの味もよくわからないちょっと甘い微炭酸だった。3分の1も飲めずに顔を真っ赤にしてべろべろに酔っ払ってしまって、残りは見かねた彼に取り上げられた。もうやめなさいと笑ってノンアルのレモネードを頼んでくれた彼の顔は私と違って大人だった。結局4杯も飲んだ彼はようやく顔を赤くして、それから2人でお冷やを飲んだ。「もうこれからオレンジジュースしか飲んだらダメです」と茶化して笑う彼の顔は大人だった。ご飯をいっぱい食べて、お酒をたくさん飲んで、そういうところが好きなんだよなあって正面から見てた。7000円近い会計にレジで驚きながら3000円でいいよ、って彼に言われたとき、素直に「ありがとう〜!ゴチになります!」って言えたときちょっとだけ私も大人になれたなと思った。

 


行きたいなと言われたからついて行ったジャンカラの211号室は狭くてうまく彼を見れなかった。声量だけでゴリ押しする彼の歌はあまり上手くなかったけど、低すぎる声も裏返りすぎた裏声もよく耳に残っている。WANIMAもcreepy nutsもワンオクも私は好きじゃなかったけど全部もっと聴かせて欲しかった。1時間で足りるわけがなかった。『サウダージ』と『猫』は数時間後の私とあの女の顔が同時によぎって嫌になった。私の十八番の『IDOL SONG』の合いの手をあんなに元気に1人でやってくれたのは彼が初めてだったし、『シャボン玉』のセリフに大ウケだったからやっぱり彼は私の恥に1番よく反応してくれる人だなと思った。あなたの欲しがる光はきっと私の恥だから。椎名林檎を「個性的だよね」というその遠慮がちな言葉のチョイスと気の遣い方がどうしようもなく彼らしくて、どうせなら目を逸らして歌う『ここでキスして』じゃなくてもっと『歌舞伎町の女王』とかにしてやればよかった。個性的という言葉はあまり褒めていないということを、私はもう大人だから知っている。

 


夜はフリータイムの方が安上がりなことをすっかり忘れていて、割高な料金に怯みつつ大声でサビしか知らない瑛人の『香水』を一緒に歌いながら外に出た。フリータイムの方が安くもっともっと一緒にいられたのに。全然違う私たちの声が夜風に溶けて心地良くて、覚めかけの酔いと合わさって1番気持ちよくて幸せで、走馬灯に出したい場面がまた一つ増えた。

 


駅に着く。ご丁寧に改札まで送ってくれて、エスカレーターで近づけてくる顔をまた好きになる。そんな風に一つ一つずっと好きを増やし続けて、そうやってかき集めた好きで2年半の記憶は埋め尽くされている。ICOCAを忘れた私の不手際に一緒に切符を買ってくれて、そこもまた好きになった。もう今しかないと思い改札をくぐる前に彼の方に向かい合った。2年半の最後数秒、彼の名前を呼んでからの2秒半に走馬灯のように2年半が駆け抜ける。

「あのね、私、言おうか迷ってたんやけど、私、あなたに付き合ってほしいって思ってる」「好き。好き、です。私と付き合ってもらえませんか」

漫画みたいにわかりやすく片手で眉間のあたりを押さえている君にどんどん小さくなっていった私の声は最後まで聞こえていたかどうかわからない。彼はいつだってわかりやすくて、時々それが仇になったりもしたけど、そこもまた大好きで、最後はそんなわかりやすさに勝手にもうダメだなと悟った。どうせ今がラスト数秒なら見逃したくなくてじっと見つめていた。

「いや、俺そういう風に見たことなくて、友達って思ってて」「だから、ごめん」

そして最後に思い出したかのように付け加えられた「でもありがとう」を聞きながら、この人は絶対に第一声が「ありがとう」だと思ったんだけどなあ、と彼氏になってくれなかったその人をぼんやりと見つめていた。

 


私が何を言ったかは正直あまり覚えていないけど、ちゃんと笑って明るく話せたと思う。

「っていうか普通さ!告白する前にアイドルソング椎名林檎歌わへんよね!」

と笑いながら、椎名林檎大森靖子も私の普通だし至って真剣に歌っていたのになあと思っていた。頭は働いて口は饒舌でも間だけはぎこちなくって、微妙な空白のあとに「じゃあね」って言って、彼がいつも何度もそうしてくれたように片手を顔のあたりまで上げてさよならして改札をくぐった。私は出てきた切符を握りしめて振り返ってみたけど、頭をかきながら階段を降りていく彼がこっちを振り返ることは一度もなくて、そういうことなんだなと思った。1人になったらいよいよ頭も舌もぎこちなくなって、用意しておいた失恋ソングのプレイリストも聴く気になれなくて、急いで友達に電話をかける。2番ホームで務めて明るく「フラれましたー!」とフラフラした足取りで報告した。「大丈夫大丈夫!」と言いながら黄色い線の内側で、ずっと線路の砂利を見つめていた。ほんの少しだけ残った薄い薄いゆずはちみつの味を舐めるようとしては、さっきカラオケで注いだのに「ちょっとちょうだい」と彼がかなり飲み干してしまった味の濃いウーロン茶が邪魔で、そんなことを考えながらぼーっと電話口の声を聞いていた。この街に来るとき以外ほとんど乗ったことのない南海電車の中で、ガラスに写っためかしこんだ自分をずっと眺めていた。気合を入れた美容院で短くされすぎたぱっつん前髪の私はお姫様を夢見る子どもだった。

 


大阪の電車はうるさくて、静まりかえった脳裏にちょうどよく響く。静かな京阪に乗り込んで、終点に私の帰るべき駅が表示されたときにやっと悲しくなった。急いでイヤホンを耳につけて再生したのは用意していた失恋ソングではなく、さっき彼がカラオケで歌っていた曲で、たった24分、6曲のプレイリストを私はあれからずっと聴いている。いろんな人に報告を送っては明るく愉快な文章を書いて載せてと指と頭とiPhoneに忙しく意識を研ぎ澄ましていたら途中で彼からLINEが送られてきて集中は呆気なく途切れた。最後の「もしそっちさえ良ければ、また友達として遊んでね」の1文に無性に腹を立てていたら終点だった。本心かはたまた社交辞令か判断しかねて困っていたけど、最後まで名字すら書かない他人行儀さから察するにこれは社交辞令だと思うことにした。イヤホンからはもうきっと2人で歌うことはないだろう4度目の『猫』が流れていた。

 


なんだってできる。私は大人だからなんだってできるのだと意地になって駅前のファミマでもも味のほろよいを買った。レジでタッチパネルを押すだけであっけなく買えてしまった。勝手に定義された大人の曖昧さに拍子抜けしながら家路に着く。鳥貴族のチューハイが何%か知らないけど、3%のほろよいはジュースみたいで、ごくごくと半分ほど飲み干して残りをちみちみ飲みつつさっきの彼のLINEに返事をしていたら急に酔いが回ってきた。上機嫌で2年半散々聴いていたのに突然宛先を失ってしまったラブソングを歌った。「もう二度とあなたを失くせないから言葉を捨てる 少しずつ諦める あまりに脆い今日を抱きしめて手放す」と歌った瞬間、突然全てが悲しくなって、驚くほど大きい声で泣いた。涙より声の方が大きかった。「もうオレンジジュースしか飲んだらダメ」と諭すような声と顔を思い出した頃には顔も体も真っ赤で、350mlのチューハイは空っぽになっていた。私の体には何%くらい君が残っていたのだろう。

 


私がどれだけ可愛かろうが、どれだけ性格がよかろうが、この人とは付き合えなかったんだろうなと今になっては思う。それはもうもっと、出会いとかからやり直さないといけない系のやつで、だから私が姫だろうが魔法使いだろうがそんなことは関係ないのだ。ただ一つ、私は好きな人と大切な男友達を一瞬にして全て再起不能にしてしまったわけで、それはとても寂しい。

 


もし、あの帰り道のLINEが社交辞令ではなく本心からのもので、また友達には戻れたとしたら。また一緒にユニバに行って、映画を見て、タピオカを飲んで、鳥貴族に行って、BBQをして、今度は私はオレンジジュースを飲んで、またカラオケで『猫』を歌う君を見れたなら、私たちはずっと友達で、大人になっても友達で、そんな子どもみたいなことを言いながら、いつかどちらが先かわからないけど結婚して、私も結婚式に招かれたりしちゃって、そして私はその帰り道に引き出物を片手にこの日のことを思い出してまたお姫様みたいな格好で泣いているのだろうなと思った。

 

 

 

 


テクマクマヤコン テクマクマヤコン

かわいくなあれ

テクマクマヤコン テクマクマヤコン

大人になあれ

テクマクマヤコン テクマクマヤコン

幸せになってね

Epilogue0.2

 

空きっ腹に愛。会いたいのか会いたくないのかよくわからない気持ちでほろよい午前2時。我儘は足るを知らず、底無しの愛といえば聞こえはいいのだがそんなものではないだろう。性欲と承認欲求をオブラートに包んだものが恋だ。そこに支配欲を添加して、馬鹿に効くはずだった恋という薬は人を馬鹿にする愛という薬に成り上がるのだ。良薬は口に苦しというが、愛はずっと吐き気がするほど甘くて、だから愛なんて毒でしかないのだろうな。脳の芯から麻痺していく。遠のく意識の中、末端までやられる前に君と手を繋ぎたい。

 


句読点をたくさん打ってもそれ通りに息継ぎできない不器用な私が喋るのは彼のことだけで、愛を可愛く仕上げておもしろおかしく切り売りすれば新しい友達とはすぐに仲良くなれた。その子たちに見せてあげた脚色演出だらけの愛なんて私の3%くらいしか表せていないのに、全てわかったような相槌に急に虚しくなった。私も残りの97%を理解しているわけではない。そんなこんなでいよいよ付き合いきれず、サジを投げ捨てまた今日も午前2時。

 


恥の多い人生を送ってきました、と、その1文だけで共感性羞恥で駆け回りたくなりすぐに読むのをやめてしまった太宰の人間失格を読みたくなった。5年前に買ったあの本が今どこにあるのかはわからないけど、恥を切り売りできるようになった19の今なら、恥の多い人生を送ってきました、とわざわざ自叙伝のように書いた太宰に向き合える気がするのだ。大して好きでもなければ好き嫌いを判断するほど多くの作品を読んだわけでもない太宰治のことを馴れ馴れしく太宰と呼ぶのもあとで振り返れば恥となるのだろう。そんな些細な恥ばかりを積み上げてきた一見立派な私の人生に、些細どころではない大きな大きな恥を残したのが彼だった。彼を好きなことが私の人生で最大の恥であるし私の人生で最大の幸せなのである。恥と幸せの感覚はよく似ている。恥を体裁よく誤魔化せたらそれは愛になるのかもしれない。愛の先に幸せがあるわけではないだろうが、幸せでもない愛はいらないと、それなら愛には必然的に幸せが付随するはずなのに世間ではそうとはいかないのがなんとも不思議である。

 


エモいとかメンヘラとか便利な言葉がどれだけ氾濫してもこうして曲がりなりにも文章を書いている人間として絶対にそこに頼りたくない意地のようなものがあって、だから彼のこともひとつひとつ丁寧に言葉を選んで書いてきたつもりだ。たぶんこれはメンヘラ女のエモい恋と纏めてしまえば話は早いのだろうがそんなことは私が絶対にさせない。きちんと愛するという実感はきちんとした言葉の上にだけあって然るべきなのだ。彼にとっては傍迷惑な話かもしれないがずっと私がそうしたくて今日もこうして文章を書いた。彼を通じて知った感情のひとつひとつを余すことなく舐めとって味わい尽くしたい。でも、そろそろ最後の言葉を選ぶときが来そうだ。たった一言の好きです、にどんな言葉を飾ろうか。口にするとうまく言えないから文章にしてしまいたいんだけど、やっぱり口で伝えないと意味がないかな。そんなことを思いつつ言葉を探っていたら、君と出会ってからの27ヶ月が走馬灯みたいに私の脳内を駆け抜けていった。

 

 

 

7月32日

 

 

6畳ぽっちのワンルームで暮らして4ヶ月、夜も昼もなくなってから2週間ばかし、7月32日。

 

君が好きだといいながらからっぽの私が書いているのは私より中身のないレポートばかりで、単位が出るならそれでいいと締切2分前にインターネットにぶん投げた。寝ないでがんばったってその成果が2行そこらじゃ誰も褒めてくれないだろう。このワンルームには私しかいないのだから仕方ない、と思う。好きな音楽も好きな映画もそんなものは無に等しくなってしまい、美術を学ぼうという人間としてはいささかつまらない。好きな人の話だけはできるけど、それもいつのまにか全部過去形で、didとhaveを多用しそうな英訳を考えながら語彙力不足を認めたくなくて急いで目の前の食パンに意識を戻す。パンが好きだった。彼の誕生日にLINEしたとき、「〇〇さんの小話楽しみにしてる笑」と送られてきたその誤字ごと丸呑みにして一人ぼっちの毎日でせこせこと小話を集めている。その一環としてパンシェルジュ検定に申し込んだので夏にはその勉強をしなければいけない。別にパンシェルジュの資格を取るほどパンに入れ込んでいるわけでもないけど、これに合格した話をしたら彼が笑ってくれるかなと思ったから受けた。受験料をセブンイレブンで振り込みながらずっと彼のことを考えていた。その勢いで申し込んだ英検だって、正直忘れかけた英単語を思い出すのは想像するだけで気が滅入ったけど合格したって言ったら彼がすごいねと言ってくれるのではないかと思って申し込んだ。相変わらず名字にさん付けでしか呼んでくれない彼とのLINEを見返していたら馬鹿らしくて泣きたくなってきた。

 

大学は始まらない。明々後日に来てる爆破予告で全部吹っ飛んでくれた方がこの4ヶ月に納得できるのではないかと思う。それに「大学爆発しちゃった!」と笑って言えば、彼は笑ってくれるだろう。彼が笑ってくれるなら地獄の淵すらレポートしてしまいそうな自分にぞっとする。どうしようもなく惚れている。この前全て終わりにするとか書いたけど、もし爆破予告の犯人が本当に大学を爆破したいなら何も言わずに吹き飛ばすはずで、それと同じく本当に終わるときはきっと何も言わないのだ。明々後日に大学が爆破されないことくらい19歳の私にはもうわかる。この思いの終止符は死と引き換えになりそうな予感すらする。彼がこれからどんな人生を歩んでいくのかわからないけど、少なくともそのそばに私がいないことは結構くっきりと見えていて、そんなマセた中学生の考えそうなポエミーな頭で仕上げた美学概論は散々な出来だった。

 

どうなりたいのだろう、と最近よく考える。付き合えないのだ、どうしても。好きで好きで好きで好きでたまらない。でも付き合うきっかけもビジョンも何もわからなくなっている。マセた中学生ならその辺もいい感じに暴走できただろうからマセた中学生のままでいたかった。友達の期間が長すぎた。もうここからキスもセックスもできるそれじゃないなと思う。ただ、彼の隣にこれから立つであろう女を想像すると許せなくて、彼のインスタのフォロー欄の知らない女とか、彼のバイト先の生徒とか、そんなのにいちいち絶望しては不甲斐なくて情けなくていっそ気持ち良くなってきて、7月32日午前4時20分、つまらん夜こそ幸せだったのだと知った。

 

88a4

 

 

愛でるもののない生活はつまらない。全てを終わらせた。勝手で一方的で暴力みたいな愛し方しかしなかったけど彼には傷一つつけられなかった。彼が5年後に私を思い出すことはないんだろうなと思って悲しくなった。

 

本当はこんなことをしている場合ではないのに、というときほど文章を書いてしまう。逃げ続けている。彼からも課題からも友達からも逃げ続けている。後手で打った銃が当たる確率なんてほんのわずかなのに殺したくて撃ち続けている。ぬるま湯みたいな恋だった。気持ち良くて、気づいたらのぼせ切った赤い顔でヘラヘラとそこにいた。ずっと浸かっていたかった。どこかで彼とは付き合えないだろうということも彼が私を好きになることもないだろうということもわかっていて、それでもいいと思っていた。甘い考えだと自分でも思う。ダサい惰性で今日まできた。始まりがぼやけているように恋の終わりもまたぼやけていて、何も見えないまま気づいたら終わっていく。

 

私が泣いた夜にインターネットは死んでしまった。連絡は待てど暮らせどこなくても、それでも待つことすら楽しくて仕方なかった。変な語尾も汚い日本語も許せた。今思えば大して面白くない話も、君が時々こっちを見て笑ってるか確認してくるからそこまで面白くなくても笑うしかなかった映画も、測ってくれた脈も、寄ってみたいと教えてくれたけど結局行くことはなかったトンカツ屋も、阪和線の向かいのホームも、わざとはぐれたユニバのホラーナイトも、私がまくってあげたちょっとダサいシャツの袖口も、君を守りたくて1番に占うのにそういうときに限っていつも君は人狼で仕方なく殺した人狼ゲームも、きみの一口大がバカみたいにデカかったインドカレー屋のナンも、1人真剣に続けるディアボロも、きみだから全部全部全部全部壊したくなるほど大切だった。愛とか恋とか難しいから一度覚えたら忘れるなんてもったいなくてできない。したくない、の方が正しいけど誰も咎めないからできないことにする。不可抗力の終わりだったのだと思えれば楽だからできないことにしておきたかった。

 

108個に絞れない君への思いをひとつひとつ殺していく。さよなら、まっさらなまま傷一つなくいてください。ああどうかお元気で。私以外の手で血塗れにならないでね。いつまでもぴかぴかのあなたでいてね。君のこと2018年から好きだったのわけわかんない。それでもわたしはきみの神さまになりたかった。