走馬灯予行演習

誰にも言えない君のそんなところが好きだったよ

7月32日

 

 

6畳ぽっちのワンルームで暮らして4ヶ月、夜も昼もなくなってから2週間ばかし、7月32日。

 

君が好きだといいながらからっぽの私が書いているのは私より中身のないレポートばかりで、単位が出るならそれでいいと締切2分前にインターネットにぶん投げた。寝ないでがんばったってその成果が2行そこらじゃ誰も褒めてくれないだろう。このワンルームには私しかいないのだから仕方ない、と思う。好きな音楽も好きな映画もそんなものは無に等しくなってしまい、美術を学ぼうという人間としてはいささかつまらない。好きな人の話だけはできるけど、それもいつのまにか全部過去形で、didとhaveを多用しそうな英訳を考えながら語彙力不足を認めたくなくて急いで目の前の食パンに意識を戻す。パンが好きだった。彼の誕生日にLINEしたとき、「〇〇さんの小話楽しみにしてる笑」と送られてきたその誤字ごと丸呑みにして一人ぼっちの毎日でせこせこと小話を集めている。その一環としてパンシェルジュ検定に申し込んだので夏にはその勉強をしなければいけない。別にパンシェルジュの資格を取るほどパンに入れ込んでいるわけでもないけど、これに合格した話をしたら彼が笑ってくれるかなと思ったから受けた。受験料をセブンイレブンで振り込みながらずっと彼のことを考えていた。その勢いで申し込んだ英検だって、正直忘れかけた英単語を思い出すのは想像するだけで気が滅入ったけど合格したって言ったら彼がすごいねと言ってくれるのではないかと思って申し込んだ。相変わらず名字にさん付けでしか呼んでくれない彼とのLINEを見返していたら馬鹿らしくて泣きたくなってきた。

 

大学は始まらない。明々後日に来てる爆破予告で全部吹っ飛んでくれた方がこの4ヶ月に納得できるのではないかと思う。それに「大学爆発しちゃった!」と笑って言えば、彼は笑ってくれるだろう。彼が笑ってくれるなら地獄の淵すらレポートしてしまいそうな自分にぞっとする。どうしようもなく惚れている。この前全て終わりにするとか書いたけど、もし爆破予告の犯人が本当に大学を爆破したいなら何も言わずに吹き飛ばすはずで、それと同じく本当に終わるときはきっと何も言わないのだ。明々後日に大学が爆破されないことくらい19歳の私にはもうわかる。この思いの終止符は死と引き換えになりそうな予感すらする。彼がこれからどんな人生を歩んでいくのかわからないけど、少なくともそのそばに私がいないことは結構くっきりと見えていて、そんなマセた中学生の考えそうなポエミーな頭で仕上げた美学概論は散々な出来だった。

 

どうなりたいのだろう、と最近よく考える。付き合えないのだ、どうしても。好きで好きで好きで好きでたまらない。でも付き合うきっかけもビジョンも何もわからなくなっている。マセた中学生ならその辺もいい感じに暴走できただろうからマセた中学生のままでいたかった。友達の期間が長すぎた。もうここからキスもセックスもできるそれじゃないなと思う。ただ、彼の隣にこれから立つであろう女を想像すると許せなくて、彼のインスタのフォロー欄の知らない女とか、彼のバイト先の生徒とか、そんなのにいちいち絶望しては不甲斐なくて情けなくていっそ気持ち良くなってきて、7月32日午前4時20分、つまらん夜こそ幸せだったのだと知った。