走馬灯予行演習

誰にも言えない君のそんなところが好きだったよ

まるさんかく

 

 

彼の好きなタイプを知らない。そもそもそんなものあの人にあるのかと思ってしまうがまあきっと多少はあるのだろう。アイドルにもハマらず好きな女優の話もしたことがない彼の好みの女の子を想像していたらこんな時間になっていた。

 

昔、TWICEの話になったとき、誰が好きなのかと誰かが尋ねると「全員同じに見える」「整形なら全部一緒やないん?」と言っていた。彼の好きな子は最後までわからなかった。整形嫌なんだ、と悲しくなったことだけがこびりついて離れずに昨日もまた水の森の検索履歴をブラウザから消した。

 

彼は恐らく、長濱ねると前田希とアンゴラ村長にも可愛いと言うタイプだ。miwaは好きらしい。曲に対してか彼女に対してかは聞いてないから知らないけどなんとなくわかるしどっちでも嫌だ。読モの自称すっぴんをすっぴんだと思い込み、ろくに見抜けもしないくせに「彼女の整形?うーん、なしかなあ😅」と答えるだろう。女の口は寝起きでもクリアクリーンのミントの香りがほんのり残っているとでも思ってそうな、そしてこれら全ての考えに悪意も躊躇もないそんなとんでもない男だと思う。なんでもいいとは言いつつちゃっかり理想は持っている気がしてならない。彼のタイプは薄化粧かなんならすっぴんでも可愛くて、華奢で、よく喋りよく笑う自分より小さな女の子だ。(会話で得た知見と私の偏見でしかないので真相は知らない)

 

170cmの女に小ささを求められても困る。ゴツくはなくてもさほど華奢でもない。よく喋るのは生まれつきだが笑顔はどうだろう。となると頑張れるのは化粧である。人を食ったような赤リップを仕舞い込み、エクセルの薄いピンクのリップに1600円も払った。可愛いと思ってもらえるなら安いものだと思えた1600円も今となっては今すぐ払い戻してもらいスタバで好き放題注文してやりたい。

 

彼がモモを好きでもサナが好きでもどうでもいい。私が本当に知りたかったのは、彼が私のことをどう思っているかと彼の嫌いな女のタイプだけだった。大事なのは好きなタイプより嫌いなタイプだと思っていた。私はいつからか彼に嫌われたくないと思われていたのだと思う。

 

好かれている自信はあった。だって彼は、まで綴ってそこに続く言葉が見つからなかったけれど、きっと彼は私のことが好きだった。追いかける恋愛はもうごめんだと思っていた矢先、追ってくれる相手が見つかったのでちょうどいいと思って50mを15秒で逃げてやった。気づいたときには私は前みたいに50mを9秒で走れなくなっていて、彼は私を追い抜いていってしまった。そして私は今もずっと50mを15秒で走り続けている。

 

人間、好きな気持ちは伝わらないのに嫌われたくないという気持ちはものすごくよく伝わってしまう。そしてその思いは大概気持ち悪くて、嫌われたくない、が好かれる要素になることはまあまずない。要は私の好き、が嫌われたくない、に進化した時点で私の負けだったのだ。でも私はまだ彼に嫌われたくない、と心の奥底に沈み込んだ想いを握り潰している。もう諦め時はとっくに来ているのだ。

 

 

夢を見た。道端、通学路。私が1人の日も迷わないように、ちょっと遠回りになるけどいいかな、と言いながら彼が教えてくれた住宅街。彼と一緒に帰るためにわざわざこの路線に乗っていたんだから私1人で帰れる道なんて知る必要のなかったこの道で彼が少し前を歩いている。「目が痛いな」と擦る彼の顔に、「大丈夫?見せて」と私が手を伸ばす。そういえばどこかの夏にこんな日があった気がする。真っ赤に充血した目、困ったときにわかりやすく下がる眉、平気な顔しようと痛いだろうに笑う彼の顔の全てに見覚えがあった。「待ってな、コンタクト捨てるから」とレンズを外してからこっちを見る。「オッケー、もう大丈夫」「本当に?私見えてる?」

「かわいいよ」

覚えのない一言で目が覚めた。

 

急いで出かけないといけない。待たせるわけにはいかない。重力に逆らってハネる髪をまっすぐにして、目やにを取って、薄く綺麗な色を重ねる。クリアクリーンをたっぷり使って歯を磨き、可愛い服を選んで、いい匂いを纏う。彼に好かれたくて選んだ全てが最後の一瞬でも彼の目に止まって、彼の好みが私になればいいのに。お前の好みなんて知らない、という自分を殺してずっと棚の1番端に置いていたエクセルの薄ピンクを唇に塗った。